『名文素読暗唱法(山内清著)』vs『素読のすすめ』安達忠夫

★要約
『名文素読暗唱法』
毎日5分ほどの素読を提唱。カード方式。素読に適した文章を書いたB6判のカードを50枚ほど用意し、その中からその日の気分で2,3枚選んでそれぞれ1,2回大声で朗読する。それだけ。解説なし。ただ、はっきりと大きな声で音読することだけは注意。漢字にはルビ付。毎日素読しするが日々素読の文章は違い、同じ文章に半月後また出会うのが新鮮さを与える。カードは時々入れ替える。こどもの様子で「気乗りしない」カードがあるのを感じたら、そっと入れ替える。
素読のすすめ』
意味よりも音の響き。感受性を増す。「音訓式素読」を提唱。
★採点
正直言って、前者はおまけくらいのつもりで購入したのだが、いい意味で裏切られた。冒頭で無駄なく要点だけまとめた後はひたすら暗誦文の紹介する思い切りの良さに好感を持った。お勧めのカード式暗唱法の実用性にも納得。
逆に後者は冗長の一言。興味を引いたのは冒頭と最後のまとめのみ。暗唱の具体的方法・暗唱題材のスペースをもっととってくれていれば・・・。残念。
★勝者『名文素読暗唱法』

『論文の書き方』清水幾太郎著vs『日本語の作文技術』本田勝一著

★要約
『論文の書き方』
1、読むという行為に比べ書くという行為は格段に積極度が高くエネルギー消費量も大きい。書くことで初めて物事を深く理解できるのである。
2、初歩の段階では字数制限付の短文をまとめるのが良い練習となるであろう。
3、便利至極な「が」の使用には注意すること。
4、文体とは思想である。
『日本語の作文技術』
1、分かりやすい文章を書こう。分かりにくい文章を語順を変えて分かりやすく直す練習も面白そう。
2、日本語は決して特殊な言語ではない。言語とはその社会の論理であり、日本語の論理や文法はヨーロッパ語の間尺で計測できない。
3、①節を先に、句を後に。②長い修飾語ほど前に、短いほど後に。③大状況・重要事項ほど前に。
4、テンは思想の最小単位を表す。むやみに打つべからず。①長い修飾語が二つ以上あるとき。②語順が逆順のときに。
5、漢字とカナ。分かりにくい「こん虫」「書かん」「両せい類」。
6、主語廃止論。日本語に主語は不要。文頭に主語を持ってくる文のなんと翻訳調で分かりにくいことか。
7、係助詞「ハ」は文の題目を表し、格助詞ガノニモを兼務する。
8、文自体が笑っていてはならない。
9、自分の文章に固有のリズムが無意識に出るようになったとき、その人は自らの文体を完成させたのである。
10、日本語は述語。主格・目的格・対格・位置格などは述語の前で対等。対してヨーロッパ語は主語が述語を支配し、強力な主従関係を作る。
★採点
両書とも好著だが分量・緻密さ・説得力すべての面で後者が圧倒している。最後少しだれたものの、あの分量を読ませて終始あきさせないまとめ方には脱帽である。内容は申し分なし。惜しむらくは筆者の文体が私好みではなかったこと。
ところで本田勝一氏といえば、かの朝日新聞の看板記者。つい色眼鏡つきで見てしまうのだが、本書での主張には全面的に賛成。その通り。日本語はヨーロッパ語に比べて劣っていない。言語に優劣はない。
★勝者『日本語の作文技術』

約1年ぶりに

本当に久しぶりだ。ブログを書く気が湧いてきたのは。きっかけは清水幾太郎著『論文の書き方』を読んだこと。
第一章にこうある。「読むという働きより一段高い、書くというつらい働きを通して、読むという行為は漸く完了するのである。(中略)この大きな緊張の中で、人間は書物に記されている対象の奥へ突き進むことが出来る。しかも、同時に、自分の精神の奥へ入っていくことが出来る。(中略)表現があって初めて本当の理解がある。」
いくら本を読んでも片っ端から内容を忘れてしまうのが歯がゆいのである。どんなに刺激的で示唆に富む内容であっても、数日経てば「えーと、どんな内容だったっけ」となるのが悔しいのである。要するに読んだ本の理解を深めるためにブログを書くのである。
ま、時には雑感も書くであろうが。

今年の旅行計画

ここ3年ほど、毎年家族で旅行に行くのが恒例となっている。
3年前は、2泊3日で富士山へ(河口湖の周辺)。
2年前は、5泊6日で北海道へ(道央から道東へ)。
そして去年は、3泊4日で沖縄へ(沖縄本島)。
今年もどこかへ行きたいのだが、どこかいいところはないかな。いまのところ、国内しか視野に入っていないのだが。
今年まとまって休みが取れそうなのは、GWしかなさそうなので、もうあまり猶予がない。花粉症の症状が出て、何もする気がしなくなる前に、どこに行くのか決めてしまおう。そして、ぜひ今年も、すばらしい旅行を楽しみたいものだ。

久しぶりに

書き込みします。
あけましておめでとうって、遅すぎる新年の挨拶。
パソコンを買い換えて、ADSLから光に乗り換えて、さらに無線にして・・・ってやってるうちに、時間がどんどん経過してしまった。習慣って一度途絶えてしまったら、元に戻すのが難しいね・・と、改めて思った次第です。
パソコンをノートパソコンに代えたんだけど、快適快適。キーボードが打ちにくいんじゃないか、と非常に不安だったのだが、杞憂であった。実に快適だ。
さらに無線もグッド。ノートをどこに持ち歩いても、ネットに繋がるっていうのはいいね。当たり前だけど、感動してます。
久しぶりで、なかなかうまく書けないね。danranという名に少し飽きちゃったので、新しい名前のブログに変えようかな? 年が変わって区切りもいいし。
それでは、今年の目標。
一日一日を大切に。一瞬一瞬を思い出に。

クリスマスの夜

昨日の夜は、ナンバのSt.James(セントジェームス)という、ジャズの店に行った。夜8時から11時まで、ジャズのライブを体験してきた。
1mの至近距離で、サックスやピアノをプレイしてくれるという、まさに目の前の席。演奏もすばらしいの一言。たっぷり堪能させていただきました。
まわりは全てカップルの中、最もいい男がひとり、スコッチをストレートで飲みながら、ジャズを聴いてる。絵になったかな。それともただの笑いもの?
そんなのは別にして、いや本当にすばらしかった。また是非聴きにいきたいね。

何を作りたい?

久しぶりの書き込み。年内最後になるかな? いろいろ思うことがあって書き込む気になれなかった。最近、思っていたことを少々書きたい。
じいちゃんの葬式で思った。じいちゃんの財産は、ここに集まった子孫たちなんだな、と。
みんな、そんなに悲しんでるわけじゃない(正直、僕もそんなに悲しいわけじゃなかった)。でも、じいちゃんがいなかったら、ここに集まっている人たちが存在していないということだけは、確かだ。
絶対的に。
この絶対的な事実を感じながら、死んだじいちゃんの顔を見ると、自然と感謝の気持ちが浮かんできた。そして思わず、「ありがとう」と、心の中でつぶやきました。
結婚しない、子どもを作らないという人が増えているそうだが、すごく寂しいことじゃないだろうか。そう思うと同時に、子どもを作る、子孫を残すということの尊さを感じた。
そして、今、「僕は何を作りたい?」と自問する。
自分を作る。子どもを作る。家庭を作る。これが一番大事。これがあっての人生。
でも、それだけ?
もっと何か他に作りたいものはないの?
「何を作りたい?」
って、今、時々思ったりしている。ヒマなのかな・・・俺・・・