大学生になったころ(5)

ある日、ひとりで部屋にいたとき、電話が鳴った。「もしもし」と出ると、聞こえてきたのはなんと女性の声だ。「もしもし、danranさんのお宅でしょうか」
全く女っ気のない私に、女性から電話? 期待と疑問とが入り混じりつつ、おそるおそる答えた。「はい、そうですけど」
「Sといいますけど、兄はいますか?」
Sとは、先日紹介した大学の6年先輩のSさんのこと。なんだ、Sさんの妹さんか。「あー、いないですよ」
すると、ちょっと間をおいて、彼女が言った。「ひょっとして、お兄ちゃん?・・・」
「その声は、お兄ちゃんでしょ? なにdanranさんのふりしてんの。そんなの分かるに決まってるじゃないの」
いえ、誤解です。私は正真正銘danranです。
「今、うちが大変なの分かってるでしょ。そんなところ遊んでるヒマないでしょ」
だから、僕はdanranですって。
「お兄ちゃんが働かないから、あたしがどれだけ大変か分かってるでしょ。とにかくうちに帰ってきてよ」
全然事情がわからないんですけど・・・
なんとか僕がdanranだということを分かってもらって、電話を切った。そして、その日かその次の日か、いつか忘れたが、当のSさん本人が私の下宿にきたとき、私はすぐさま言った。
「妹さんから電話ありましたよ。今、うちが大変だとか何とか言ってて、なんか早く帰ってきてほしいみたいに言ってましたよ」
「そうか、まあええねん。気にせんといて」
人に干渉するのはあまり好きでない私は言った。「そうですかー」。そしていつものようにSさんが居座るのに任せた。「腹へったな。ローソンで焼きそば弁当買ってきてくれへんか」ファミコンしながら、Sさんが言う。
そこへ、電話がかかってきた。取ってみると案の定、Sさんの妹さんだった。「兄はいますか」
Sさんをみると、首と手を振って、いないことにしてくれ、というサインを私に送ってきていた。「今日もきてないですね」
しかし彼女は断固言った。「そこに兄がいることは分かってるんです。兄に伝えてください。もう親子の縁を切ると母が言っていると。もううちに帰ってこなくていいと伝えてください。兄の荷物を送りたいので、danranさんのうちに荷物を送らせてもらいますね・・・ガチャッ」
そんなの困るー。すぐさまSさんに伝えた。「勘当するって言ってますよ。もう帰ってこなくていいって」
「何っ??」さすがにやばいと思ったのだろう。帰りの電車賃を借りて、Sさんはすぐ帰っていった。
それから後のことはよく覚えていない。もうSさんがうちに来なかったのかどうかも定かではない。確かなのは、その一月後くらいにSさんは大学を中退し、働き始めたということ。少し寂しく思った、大学2年のdanranでした。